温故知新
弊社の「長春館(ちょうしゅんかん)」という名称に疑問を持たれたかた、変な名前とお思いになられたかた、以下をお読みくだされば、ご理解戴けるのではないかと思います。
この社名は、創業者小川傳四郎が事業を始めた大正8年(1919年)に、当時工場があった広島県御調郡市村の安原村長から戴いたものなのです。
「春」が長く続くようにと「長春」を、そして当時は、屋号の後に「館」とか「堂」を付けるのが流行っていたらしく、ゴロ合わせで「館」を選びました。爾来、「長春館」の名前で教育関係者の方々に可愛がっていただいております。
皆さんにも“うさぎ追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川〜”の歌が聞こえてきませんか。このページの古い写真は、「長春館」の歴史だけでなく、日本の体育教育そのものの歴史にもなっているのです。哲学者プラトンは著書「国家」のなかで、“まず体育をやれ”と申しました。古代ギリシャの昔から、体育はもっとも重要な「科目」の一つだったのです。子供たちは、自由に遊びながら自らの身体を鍛えていったのです。そして、身を守る術や技の中から一定のルールが生まれ、スポーツとして発展してきました。
この写真の中の子供や大人の顔をご覧ください。戦火を潜り抜けてきたたくましい顔を。そして決して豊かではないが贅肉のない身体を。
「温故知新」、古いものを懐かしむのではなく、現代の我々がなくしてしまった、あるいはなくさざるを得なかったライフスタイルの一端を一緒に省みてみませんか。

代表取締役 小川 隆